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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)10963号 判決

原告

牧瀬仁

被告

植田廣

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金三三万三五九一円および内金二九万三五九一円に対する昭和五二年二月二二日から、内金四万円に対する同年一二月一二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金三一五万一六六〇円およびこれに対する昭和五二年二月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

原告は、左の交通事故により全治八〇日余を要した腰部挫傷、右腸骨大腿部挫傷、右坐骨骨折の傷害を受けた。

(一) 事故の日時 昭和五二年二月二二日午後二時四〇分ごろ

(二) 発生場所 大阪市北区堂島船大工町一番地先道路

(三) 加害車 普通乗用自動車(大阪五七の三一二二号、以下、加害車という。)

右運転者 被告植田

2  事故の態様と過失

原告は、前記日時ごろ、幅員約七メートル、歩車道の区別のない前記道路右側を歩行していたものであるが、当時、同道路右側は道路端いつぱいに加害車とその前方に二トン積トラツクが続いて駐車していたため、やむを得ず、加害車の左脇を通り抜け、続いて、同トラツクの左脇を通り抜けるべく同トラツクの左側車体脇にさしかかつた。すると、被告植田は、いきなり加害車を発進させ、ハンドルを左に切つて同道路中央へ進出し、折柄後方から走行してきた訴外坂本守運転の普通乗用自動車に加害車を衝突させ、その反動で、加害車を右側に移動させて同トラツクの左脇を歩行中の原告に加害車を接触させたものである。そして、本件事故は、被告植田が駐車していた加害車を発進させるに際し、その安全を確認しなかつた過失に起因するものである。

3  被告大阪トラクター株式会社(以下、被告会社という。)の責任

被告会社は、加害車の保有者であり、原告の後記損害につき自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条所定の責任がある。

4  損害

原告は、本件事故により次のとおり損害を受けた。

(一) 治療関係費金四万二〇九〇円

原告は、東京女子医科大学病院に対する治療関係費として金三万五二四〇円、売薬代として金六八五〇円を要した。

(二) 雑費金三万一八〇〇円

原告は、本件受傷により、昭和五二年二月二二日から同月二四日まで三日間、大阪市福島区福島三―二―九所在の手島外科病院に入院し、その後帰京して同月二六日東京女子医科大学病院に転医し、同日から同年四月一六日まで五〇日間は東京都新宿区若葉町一―五―三六所在の訴外株式会社日本空調技術出版社内および自宅において入院に代わるものとして安静加療をしていたものであるが、この五三日間金三万一八〇〇円(一日金六〇〇円の割合)の雑費を要した。

(三) 栄養補給費金二万円

原告が右期間中に要した栄養補給費である。

(四) 付添人に関する費用計金六万三一六〇円

(イ) 付添看護費 金三万円

原告の妻は、原告の治療期間中である昭和五二年二月二三ないし二五、二七日、同年三月一、三、五、九、一二、一四、一六、二四日計一二日間原告の付添看護をし、その費用として金三万円(一日金二五〇〇円の割合)を要した。

(ロ) 付添看護人(妻)交通費金三万三一六〇円

(a) 昭和五二年二月二三日

東京→新大阪(国鉄)金一万四三〇〇円

(b) 同日

新大阪→手島外科病院(タクシー)金一五六〇円

(c) 同月二四日

新大阪→東京(国鉄)金一万四三〇〇円

(d) 同月二五、二七、三月一、三、五、九、一二、一四、一六、二四日の一〇日間

三鷹→四ツ谷(国鉄)往復一回金三〇〇円

計金三、〇〇〇円

(五) 休業損害金二四〇万円

原告は、訴外株式会社日本空調技術出版社の代表取締役である。同会社は、本件事故当時、原告を含め社員八名(現在七名)の小規模の出版社であり、若干の単行本を出版したほか、主として、「空気調和と冷凍」という名称の月刊雑誌の出版を業としている。原告は、右雑誌の出版に当つては、その全てについて原告自身が直接作業に従事し、特に、雑誌の企画、原稿の校正、割付の決定のほか、雑誌に掲載する広告のデザインは全て原告が一人で行ない他の社員では原告に代り得ない現状であつた。さらに、重要なことは、同会社の収益は、雑誌の売上げによるものよりも、同誌に掲載する広告掲載料の方が大きく、その割合は後者が約八〇パーセントの比重を占めており、いわば同会社の存立は雑誌にいかに広告を掲載して貰えるかにかかつているのである。そして、広告先(顧客)との関係は原告個人の永年に亘る人的つながりであり、これもまた他の社員には代り得ないものであつて、これまで原告はこれら顧客を常に訪問し、広告の掲載依頼に歩き回つていたものである。

ところで、原告は、本件事故による受傷のため、医師から二か月間の入院加療を命ぜられたが、入院すると、すぐに同会社の存続の危険性が生ずるところから、必ず安静加療するとの約束のもとに医師の許可を受け、同会社で療養するとともに、雑誌の出版を途絶しないために社員に指示を与える等して同会社の業務を監督した。したがつて、原告は、同会社の代表取締役としてある程度同会社の業務執行に関与したとはいえる。しかしながら、原告が同会社から受ける役員報酬は、中規模あるいは大規模な会社の役員報酬とは実質的に大いに異なり、通常の社員に対する給料と同じく原告の労務の提供に対する対価と考えられるものである。そこで、原告は、同会社の代表取締役として、同会社の規模、その業務内容、原告個人の会社業務の執行に占める割合を考慮し、二か月間労務の提供を殆んどなし得なかつた原告自身に対する報酬の支払いをしなかつたし、さらに、その後の二か月間も従前のように労務の提供をなし得なかつた原告自身に対し報酬の支払いをしなかつたものである。よつて、原告は、本件事故により、同年三月から同年六月まで四か月分計金四八〇万円の報酬の支払いを同会社から受けられず、同額の損害を被つたが、そのうちの二か月分金二四〇万円の休業損害の賠償を請求するものである。

(六) 原告の交通費金一万二一四〇円

(イ) 昭和五二年二月二四日

大阪→東京(東名高速道路)金五、八〇〇円

(ロ) 同月二五日、五月一四日

三鷹(自宅)→東京女子医科大学病院

(タクシー往復二回)金三、一〇〇円

(ハ) 同年二月二六日、三月五、一二、二六日

四ツ谷(同会社)→同大学病院

(タクシー往復四回)金三、二四〇円

(七) 慰藉料金五〇万円

本件事故により受けた原告の精神的、肉体的苦痛を慰藉するには右金額が相当である。

(八) 弁護士費用金二二万円

(a) 着手金二二万円

(b) 成功謝金は認容額の一割

5  被告らからの支払い受領額金一三万七五三〇円

原告は、被告らから右金員を受領したので、損害残金は金三一五万一六六〇円となる。

6  よつて、原告は被告らに対し、右金三一五万一六六〇円およびこれに対する本件事故日である昭和五二年二月二二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

二  被告らの答弁と主張

1  答弁

(一) 請求原因1の事実中原告主張どおりの交通事故があり、原告が受傷したことは認めるが、受傷の部位、程度は知らない。同2の事実中、被告植田が加害車を発進させ、右道路中央に進出した際、後方から走行してきた右訴外坂本運転の普通乗用自動車に加害車を接触させ、その反動で加害車が原告に接触したことは認めるが、その余の事実は否認する。同3の事実中、被告会社が加害車の保有者であることは認める。同4の事実中、原告が訴外株式会社日本空調技術出版社の代表取締役であり、本件事故後も同会社の業務執行に関与していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同5の事実は否認する。

(二) 原告は、本件事故により二か月分の休業損害が発生した旨主張している。しかしながら、右主張は左記理由により失当である。すなわち、原告は、同会社等において加療を受けながら、その間同会社の代表者として社員に指示を与える等の方法により相当程度同会社の業務執行に関与していたものであつて、次のとおり減収は実質的になかつたものである。昭和五一年度における同会社の営業損失は金一五九万六二六〇円であり、同五二年度における同会社の営業利益は金三二四万七七八一円である。このことは、同会社が営業収入に関し、同五二年度は同五一年度に比し、金四八四万一四五二円の利益をあげたことを意味する。また、同会社は、給料手当として、昭和五一年度は金二、三〇五万五四五四円を、同五二年度は金二、〇二二万一五六七円をそれぞれ要したことになつている。その差額金二八三万三八八七円はそのまま右の利益として計上されていると解される。賃金センサスによると、昭和五一年度の全労働者の平均賃金は金二一九万七三〇〇円であり、同五二年度の右平均賃金は金二四〇万八二〇〇円であるから、同年度は平均で前年度比九・五九パーセントのベースアツプがあつたことになる。そこで、同会社においても、昭和五二年度において、前年度比九・五九パーセントのベースアツプをしたとすれば、昭和五二年度に要すべき給料手当は金二五二六万六四七二円になり、これから実際に計上された金二〇二二万一五六七円を控除すると金五〇四万四九〇五円になる。したがつて、同会社が同年度に、前年度に比し、金四八四万一四五二円の利益を計上し得たのは、その殆んどが昭和五二年三月から同年六月まで四か月間にわたり原告が同会社から得べかりし報酬金四八〇万円を受けなかつたことによるものであることは明白である。ところで、同会社は実質的には原告の全額出資による株式会社であり、原告の一人会社である。したがつて、同会社の資産は実質的にはすべて原告に帰属するものであり、その法人格は形骸化しているといわざるを得ない。また、原告は、前記のとおり同会社の業務執行に関与し、現に減収はなかつたので、同会社から給与の支給を受けるべきであるのにこれを受けなかつたのであるから、会社の法人格を濫用し、逸失利益が生じたかの如き形式を作り出しているものといわなければならない。よつて、原告主張の休業損害については、公平の理念に基づき、法人格否認説を適用し、何ら発生しなかつたものというべきである。

仮に、原告主張の休業損害が認められるとしても、その主張の一か月金一二〇万円の収入の中には原告の労働の対価たるものと営業利益(配当)とが含まれているのであるから、そのうち休業損害の対象となるべきものは労働の対価たる収入に限定されるべきである。また、原告は、所得税・地方税等をも含めた収入を基礎にして、休業損害を計算しているが、交通事故による損害賠償金については課税されないのであるから、仮に若干の休業損害が認められるとしても、右収入に対し本来課税されるべき所得税、地方税等はその損害額から控除されるべきである。

2  主張

(一) 過失相殺

原告は、本件事故当時、右事故現場を御堂筋方面(東)から南北線方面(西)に向つて歩行していたが、同所南側には歩道が設置されており、車道北側には一台のトラツクが停止していたのであるから、原告としては歩道上を通行すべきであり(道路交通法一〇条)、仮に、トラツク側方の路上中央付近を通行する場合には後方から進行してくる自動車等に十分注意すべきであるにもかかわらずこれを怠り、漫然と右トラツクの南側(路上中央寄り)車道上を通行した重大な過失により本件事故に遭遇したものである。したがつて、原告の右過失は原告の本件事故による損害賠償額を決めるにつき大幅に斟酌されるべきである。

(二) 損害の填補

被告らは原告に対し、本件事故による損害金として、原告自認にかかる金一三万七五三〇円のほか、金二一万四三五〇円計金三五万一八八〇円を支払つたので、これを原告の損害額から控除すべきである。

三  被告らの主張に対する原告の答弁

被告ら主張の前項(一)の事実は否認する。同(二)の事実中、被告らが原告に対し金三五万一八八〇円を支払つたことは認める。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  被告らの責任原因

請求原因1の事実中、原告主張どおりの交通事故があり、原告が受傷したこと、同2の事実中、被告植田が加害車を発進させ、右道路中央に進出した際、後方から走行してきた右訴外坂本運転の普通乗用自動車に加害車を接触させ、その反動で加害車が原告に接触したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第一七号証の一ないし六、乙第一ないし第七号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故前、原告主張の道路(歩車道の区別はなく、幅員は約六・九メートル、西行きの一方通行路)右側(北側)を東から西に向つて歩行していたが、当時、同道路右側端には加害車とその前方に普通貨物自動車(大阪四五せ九七七五号・前記トラツク)が連続して駐車していたので、そのまま同道路右側を歩行していくことはできないと考え、加害車の左脇(同道路中央寄り)を通り抜け、次いで、右貨物自動車の左脇(右同)にさしかかつたこと、他方、被告植田は、原告主張の日時ごろ、いきなり、駐車中の加害車を左斜め前方に発進させ、同道路中央に進出したが、当時、車両の交通量が多く、かつ、右進出直前、原告が右普通貨物自動車の左脇付近を歩行しているのを現認していたのであるから、あらかじめ、原告および左後方に対する交通の安全を確認しながら加害車を発進させるべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠つて加害車を発進させた過失により、同道路中央付近で、隅々、前記のとおり後方から走行してきた右訴外坂本運転の普通乗用自動車(神戸五五ち一五八九号)に加害車を接触させ、その反動で、加害車を右側に移動させて右普通貨物自動車の左脇を歩行していた原告に加害車を接触させ、原告に対し、右坐骨々折・腰部挫傷、右腸骨大腿部挫傷等の傷害を負わせたこと、原告は、右受傷による治療のため、昭和五二年二月二二日から同月二四日まで三日間後記病院に入院し、同月二六日から同年四月一六日まで五〇日間後記会社内で安静療養をしていたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右事実によると、本件事故は、被告植田の前記過失によつて発生したものであるから、同被告は原告の被つた後記損害につき民法七〇九条所定の責任がある。また、被告会社が加害車の保有者であることは当事者間に争いがないので、被告会社は、原告の後記損害について自賠法三条本文所定の責任がある。

二  原告の損害

前記各証拠と成立に争いのない甲第五号証の二、第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、第六号証、第七号証の一ないし八、第九号証、第一〇号証の一ないし一三、第一六号証の一ないし三、官公署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一ないし四、第一二号証の一ないし四、証人相田みどりの証言ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により左記損害を被つたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

1  治療関係費金四万二〇九〇円

原告は、本件事故による受傷のため、東京女子医科大学病院で治療を受け、その費用として、同病院に対し金三万五、二四〇円を支払つたほか、売薬代として金六八五〇円を下らない金員を支出した。

2  雑費金二万六五〇〇円

原告は、本件事故による受傷のため、昭和五二年二月二二日から同月二四日まで三日間、大阪市福島区福島三―二―九所在の手島外科病院に入院し、その後同月二六日東京都新宿区市谷河田町一〇所在の東京女子医科大学病院に転医し、医師より入院を勧められたが、当時、同区若葉一―五所在の訴外株式会社日本空調技術出版社の代表取締役をしており、同会社々員に対する仕事上の指揮、監督等をする必要があつたため、医師の許可を受けたうえ、同日から同年四月一六日まで五〇日間同会社代表取締役室内で入院に代わるものとして安静加療をしていたものであるが、この計五三日間金二万六五〇〇円(一日金五〇〇円の割合)の雑費を支出せざるを得なかつた。

3  栄養補給費

原告は、栄養補給費として金二万円を支出した旨主張しているけれども、これを認めるに足る証拠はない。

4  付添人に関する費用計金三万六四六〇円

(一)  付添看護費金六、〇〇〇円

原告は、治療期間中である同年二月二三日から同月二五日まで三日間原告の妻によつて付添看護を受け、その費用として、金六、〇〇〇円(一日金二、〇〇〇円の割合)を要したものである。なお、原告は、付添看護費として、同月二七日、同年三月一、三、五、九、一二、一四、一六、二四日分をも請求する旨主張しているけれども、医師は、同年二月二六日以降については原告に対し付添看護を要しない旨診断しており(前掲甲第三号証)、他に付添看護の必要性を認めるに足る証拠もないので、右主張はこれを採用することができない。

(二)  付添看護人(妻)交通費金三万〇四六〇円

原告の妻によつて付添看護を受けた原告は、その妻の交通費として、同年二月二三日東京から新大阪までの国鉄運賃金一万四三〇〇円、新大阪から手島外科病院までのタクシー代金一五六〇円、同月二四日新大阪から東京までの国鉄運賃金一万四三〇〇円、同月二五日三鷹から四ツ谷までの国鉄運賃金三〇〇円(ただし、往復)、合計金三万〇四六〇円を支出せざるを得なかつたものである。なお、原告は、妻の交通費として、同月二七日、同年三月一、三、五、九、一二、一四、一六、二四日分をも請求する旨主張しているけれども、これが本件事故による損害と認めるに足る証拠はないから、右主張もこれを採用することができない。

5  休業損害

原告は、本件事故による休業のため昭和五二年三月から同年六月まで四か月分の報酬合計金四八〇万円の支払いを同会社から受けられず、同額の損害を被つたが、そのうち二か月分金二四〇万円の休業損害を請求する旨主張するので判断するに、前掲各証拠によると、原告は、本件事故当時、同会社の代表取締役をし、報酬として、同会社から毎月金一二〇万円の支払いを受けていたこと、同会社は、原告が実質的に出資している株式会社であり、右事故当時、原告と社員ら八名(ただし、現在は七名)をもつて構成された小規模な出版社であり、若干の単行本の出版のほか、主として「空気調和と冷凍」という名称の月刊雑誌の出版を業としていたこと、その仕事の具体的内容は、右雑誌等の企画・原稿や広告掲載の依頼・広告のデザイン・割付の決定・印刷依頼・校正・配布等であつたこと、また、同会社の収益は、右雑誌等の売上げとこれに載せる広告掲載料とによつているが、後者の方が収入面ではるかに大きな比重を占めていたこと、ところで、原告は、前記二2の理由により、医師の許可を得て、同年二月二六日から同年四月一六日まで同会社代表取締役室で、その後は肩書自宅で療養するとともに、右雑誌等の出版に支障をきたさないよう同会社々員に対し仕事上の指示を与えるなどして同会社の業務の執行に関与し、同社員らは、この指示に従つて行動していたこと、もつとも、原告は、その主張の右四か月間、前記受傷のため、従前のように取引先を自由に訪問し、取引先に対し、新たに、右雑誌に広告を載せて貰うよう依頼することはできなかつたけれども、従来から同雑誌に掲載されていた広告については、その広告主に対し電話連絡をし、同人の了解を得て、継続して同雑誌に広告を掲載していたこと、原告主張の右四か月間はもとより、その後も右雑誌の出版は従前通りなんらの支障もなく行われ、本件事故後における同会社の収益は、右事故前におけるそれに比し、格別の減少をきたしたような形跡は全く存在していないこと、原告は、今なお、右主張にかかる四か月分の報酬金四八〇万円を受領していないけれども、右に述べたような事情のもとにおいては、原告としては、現に同会社から右報酬金を受領することができ、かつ、これを受領すべきであつたのに、原告独自の考えで、あえてこれを受領しようとはせず、本訴で被告らに対しこれを休業損害として請求していることが認められ、他に右事実を覆すに足る証拠はない。

以上認定にかかる原告の同会社における地位・役割、受傷の部位・程度、治療の経緯、本件事故前後における同会社の規模・態様・収益、原告が右報酬金を受領しない経緯等諸般の事情を考慮すると、原告には、その主張の期間その主張のような休業損害が発生したものとは到底認めることができない。よつて、この点に関する原告の右主張は、法人格否認の法理を論ずるまでもなく、失当としてこれを採用することはできない。なお、原告が本件受傷による治療中であるにもかかわらず前記のような事情で同会社の業務に関与していたことについては、後記慰藉料算定の事情として斟酌する。

6  原告の交通費金一万二一四〇円

原告は、同年二月二四日本件受傷地である大阪から自宅のある東京まで車で帰つたが、東名高速道路利用料金として金五、八〇〇円を要した。また、原告は、同月二五日、同年五月一四日の二回にわたり三鷹(自宅付近)から東京女子医科大学病院に通院したが、その際タクシー代として金三、一〇〇円(ただし、往復二回分)を支出したほか、同年二月二六日、同年三月五、一二、二六日の四回にわたり四ツ谷(同会社付近)から同病院に通院した際のタクシー代として金三、二四〇円(ただし、往復四回分)を支出せざるを得なかつた。

7  慰藉料金六〇万円

本件事故の態様・程度、原告の受傷の部位・程度、治療の経緯等諸般の事情(ただし、後記過失相殺の点を除く。)を考慮すると、原告が本件事故で被つた精神的苦痛を慰藉するためには金六〇万円が相当であると認める。

三  過失相殺

原告は、前記一のとおり、その主張の道路右側に駐車していた普通貨物自動車の左脇(右道路中央寄り)を歩行していたものであるが、前掲各証拠によると、本件事故当時、右道路は幅員が狭いうえ、その右側に連続して駐車々両があり、しかも右道路における車両の交通量が多かつたのであるから、右道路中央寄りを歩行するに当つては、あらかじめ、後方から発進し、あるいは進行してくる車両があり得ることを予想し、これら車両の動向に十分注意しながら歩行すべき注意義務があつたものというべきところ、これを怠り、漫然と、右道路上を歩行した過失により本件事故を発生させたものであることが認められる。

そうだとすると、本件事故は、被告植田の前記過失と右のような原告の過失とが競合して発生したものというべく、その過失割合は、被告植田が九割、原告が一割と認めるのが相当である。

そこで、原告の前記損害額計金七一万七一九〇円につき過失相殺すると、その損害額は金六四万五四七一円となる。

四  損害の一部填補

被告らが原告に対し金三五万一八八〇円を支払つたことは当事者間に争いがなく、前掲各証拠によると、右金員は原告が本訴で請求している損害の内金として支払われたものであることが認められるので、右損害額金六四万五四七一円から右金三五万一八八〇円を控除すると金二九万三五九一円となる。

五  弁護士費用金四万円

成立に争いのない甲第八号証および原告本人尋問の結果によると、原告は、被告らが本件損害賠償請求につき任意の支払いに応じなかつたので、やむなく、本訴の提起と追行を原告代理人に依頼し、同代理人に対し、着手金として金二二万円を支払い、かつ、成功報酬を支払うことを約したことが認められるが、被告らに負担を命ずべき弁護士費用は、本件事案の難易・損害認容額等に照らし金四万円が相当であると認める。

六  よつて、原告の被告らに対する本訴請求中、損害額合計金三三万三五九一円および弁護士費用を除く内金二九万三五九一円に対する本件事故発生日である昭和五二年二月二二日から、内金四万円(弁護士費用)に対する本訴状送達日の翌日である同年一二月一二日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める部分は理由があるのでこれを認容するが、その余の部分は失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

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